【モバイル談義】モバイルとはなんぞや
一応とはいえ、お題目に据えたモバイル。
となれば、冒頭でこれについてふれないわけにはいかない。
いま、世間でモバイルといえば、「ちょっとした電脳小物のこと。またはそれを持ち歩いて使うこと」、といった意味になるかと思う。
「ちょっとした電脳小物」とは、ケータイ、小さいノートPC、デジカメ、PDA、電子辞書、またはこれに似たものたちだと思ってもらえたら、そんなにちがわないはずだ。つまりは、持ち運びできるおおきさの、電池でうごくキカイたちだ。
でもモバイルという呼びかたは、モバイルコンピューティングを省略して語尾をけずったもの。いくらゴロがよいといっても、この略しかたはあんまりだとおもう。なぜかって、このうしろのほうの「コンピューティング」が、いちばん大事なところだから。
コンピュータ、まあ個人レベルでいったらパソコンということになるけれど、これはなかなか気むずかしいやつだ。そのかわりにいろんなことができるすばらしい道具でもある。だけど昔のコンピュータというのは大きかったり重かったりコンセントが必要だったりで、使えるところが限られてた。
それじゃもったいないじゃないか、このコンピュータのチカラを持ちはこべるようにして、いろんなところで使えるようにしようじゃないの。それが本来のモバイルコンピューティング、いわゆるモバイルが目的としているところのはずだ。
だから、モバイルにはたんなる「コンピューティング」の意味はすでに含まれてるし、含んでいなければおかしい。そこから一歩ふみこんで、コンピュータのチカラをいつでもどこでも活用できるようにしたり、移動中に使うことでそのチカラを増したりすることを指して「モバイル」と呼ぶべきなんだ。
なんてことを、コンピュータとかかわりの深いシステム屋をやってるわたしとしては、つい考えてしまう。
世間ではコンピューティングじゃなくてもモバイルだったり、それとは逆にノートパソコンを移動中にバッテリーで使うといった、いささかせまい意味でモバイルだったりする。どうやらカタカナ語としての意味はそんなふうになりつつあるようで、世間さまには逆行するのかもしれない。
とはいえ、これからここではあくまで「モバイルとはコンピューティングありき、コンピューティングの発展形なり」ということを力説していくつもり。
まあ、オモチャとしてのモバイルも好きなんだけど、さ。
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