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2004.01.25

メモリカードは汎用品か【モバイル談義】

PDAではもちろんデジカメやシリコンオーディオといったモバイルデバイスでは、記録メディアとなる各種メモリカードは必須だ。これらのデバイスをあらたに買うとき、なるべくメモリカードの規格をそろえようとしていないだろうか。
しかし、使い手側でメモリカードの規格をひとつに決めることにほんとうに利点はあるのだろうか。

メモリカードの規格が統一されていることによって得られるメリットはいくつかある。交換できること、流用できること、連携できること、といったあたりだろうか。

「交換できる」というのはメモリカードすべてにあてはまることだが、おなじ種類のカードを使うデバイスが2つ以上手元にあれば、片方を使っていないときに融通できる、という意味であげた。
「流用できる」とは、デバイスを買いかえたり交換したときに、それまで使っていたメモリカードをそのまま新しいデバイスでつかえるということだ。
「連携できる」とは、ことなる分野のデバイスのあいだのデータの受けわたし役になるという意味で、具体的には、デジカメからパソコンやプリンタへ画像を渡したり、ビデオレコーダーからPDAやポータブルプレーヤに動画を渡すというような用途になる。

しかしこれらは、実際に使ってみれば画に描いたモチのようなメリットだということがわかる。

「交換できる」といっても、ハードディスク代わりのメモリカードを抜いたとき、そのままでまともに使えるデジカメやPDAがあるだろうか。そういうデバイスであればはじめからメモリカードが不要なはずだ。メモリカードを抜いた時点でそのデバイスの機能がほとんど失われるのに、それを予備としてあてにできるだろうか。
「流用できる」といっても、メディアの大容量化・高速化・省電力化、そしてデバイスの高性能化、いいかえれば必要とするメモリ量の増大だが、これにかならず置いていかれる。いまのメガピクセルカメラに16MBや32MBのメモリカードを挿したところで何枚写せるか知れたものだし、むかしの大容量メモリ、といっても128MBや256MBていどだが、これらの書きこみ速度はいまのものと比べるととても遅く、使いつづけるには忍耐力がいる。
「連携できる」といっても、けっきょくのところ接続するそれぞれのデバイスがペアになっていなければならず、一方だけ更新することは事実上できない。連携するものすべてを同時に更新しなければならないなら、そこでメモリカードを別なものとしてもかまわないはずだ。パソコンをかならず経由するようなしくみにすれば連携もカンタンだが、であればメモリカードの規格をムリにそろえる必要もないし、そもそもメモリカードを使う意味があまりない。

けっきょくのところ、メモリカードはひとつのデバイスや、ひとつのグループとしてのデバイスたちに専用のもの、専用品として考えたほうが効率的だ。パソコンとのデータのやりとりのため、あるいはよぶんなメディアを持っていれば予備として使える、という機能だけをあてにすべきだろう。

メモリカードは記憶するということしかできない単能のくせにけっこう高い。ヘタするとデジカメやPDAといったデバイス本体よりも高かったりする。だから自分の中でもなるべく使いまわそうとするせこい気持ちがあった。しかしそれは、いってみればACアダプタやハードディスク、OSが別売のノートパソコンのようなもので、あわせてひとつの製品として考えなければ意味がないものだ。PDAやデジカメは、メモリカードという必須オプションを組み合わせてはじめて完成品となるのだ。

まあ、PCカードにはじまって、CF、SM、MS、SD、xDと、これまで存在したほとんどの規格のメモリカードを購入した経験のあるわたしが語っても、いいわけじみて説得力がないとは思うけれど。

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