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2004.02.03

ホントにモバイルするの?【モバイル談義】

使うかもしれない。しかし、使わないかもしれない。それがわからない時にモバイルデバイスを持ちあるくのは、保険をかけることと似ている。
であれば、保険金と掛け金とをくらべることで、その保険にはいる価値があるかどうかわかるはずだ。

保険金がデバイスを持っていたことによって得したこと、もしくは持っていなかったときに損したことだとすれば、掛け金は、ある程度の大きさ重さのあるデバイスを持ちはこぶこと、そしてそれを使えるようにメインテナンスする手間ひまになる。
モバイルデバイスがノートパソコンだとしたら、この掛け金はけっこうなものだ。軽いものでも1kg、サイズ的にはB5の本より大きいものがほとんどになる。

もちろんなんらかのことに使うなら、それは重くてジャマな思いをするだけの価値があることなわけだから、保険をかけるまでもなく「割にあう」ものごとのはずだ。コンピュータというキカイは、うまく使えば価値を生みだすことができるし、それはうたがいようがない。
しかし何の目的もなくモバイルしたとして、なにかいいことがあるだろうか。あるいはなにか損をしなくてすむだろうか。コンピュータは単なる道具である以上、なにかをするために使わないかぎり、それ自体が価値を生むわけではない。

したがって、なにか特定の目的があったり、仕事や株取引といった金銭がらみのことがらにそなえるのでなければ、つねにモバイルデバイスを持ってあるくなど、とうてい割にあわない。それがいまのわたしの結論だ。
失うものがなにもないなら、わずかのメリットに満足できるかもしれない。しかしそれによって疲れたり、荷物が持てなくなったり、服装のバランスを乱したり、オタクっぽく見られたり、落としたり忘れたり盗まれないように注意をはらったりといった、さまざまなデメリットを無視できるほどのものがあるとはいえない。

とはいえ、例外もある。いまどきのPDAは、使わなくてもまあ許せるぐらいのサイズや重さになってきている。これは、いわば掛け捨ての保険だ。
ほかになにもすることがない手持ちぶさたのとき、調整されたPDAが手元にあれば、その空いた時間を活かすことができる。そうした時間がなければ、持ちはこぶ手間や調整などはムダになってしまうが、それは大した損害ではない。

ノートパソコンを持ちはこぶことが「掛け捨ての保険」になる日はくるのだろうか。わたしには、どうにも否定的な意見しか思い浮かばないのだが。

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