2004.10.20

小容量HDDプレイヤーには小さいなりの使い方があるはず

何回か前に書いたアイワのポータブルHDDオーディオプレイヤー、HZ-WS2000についてちょっと考えた。このHZ-WS2000、類似の他製品と比べると1.5GBと微妙なサイズのHDD容量であり、この点をどう捉えるかがこの機種を評価する上で大きなポイントとなる。

このサイズでは、大容量型のiPodのように「持ってる音楽をすべて持ち運ぶ」というコンセプトが適用できないのは確かだ。そのかわりに、HZ-WS2000では「お気に入りを選りすぐって手元に残してゆく」という使い方の提案がされているように思う。うまくまとめることができなかったので、順を追って説明してみたい。

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2004.10.15

新型エクシリムとデジカメの使用頻度

エクシリムとしては待望の光学ズームを搭載した新機種、EX-S100が先月発売になっている。

初代のEX-M1とマクロ機能搭載のEX-M20を発売日に買ったわたしであるから、光学ズーム機が出たら速攻で買おうと思っていたのだがいまいち食指が伸びない。というか、それ以前の問題としてここしばらくデジカメを使っていないことに気が付いた。

なんでかなーと考えをめぐらせたところ、とある用事によってエクシリムをしばらく人様に貸しており、その間にデジカメを携行する習慣がさっぱりと抜けてしまったのだと思い至った。いやなに、ケータイをF900iTに変えたのでエクシリムがなくても大丈夫と高をくくっていたところ、カメラ機能があまりに使いづらくてまったく使わなくなってしまったのだ。

どうやら新機種を買う前に、さっと取り出せる位置にぱっと使える機種を常備する習慣を復活させなければならないようだ。それができるサイズと軽さがエクシリムのいいところでもあるわけだし。

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2004.06.18

「ニコイチ」でモバイルを快適に

ニコイチというのは、ふつう「ハンパなもの2個を組み合わせて、1個のまともなものとして使えるにする」という意味で使われる。ノートパソコンの液晶が壊れたなら、キーボードが壊れたノートパソコンを入手すれば1台ぶんの部品はそろう。こうして1台の稼働品とするのが、いわゆるニコイチというやつだ。

だが、わたしがモバイル向けにおすすめするのは「おなじ機材を2組用意して、あれこれ使い回す」、1個のモバイルデバイスのために2組の機材を購入するほうのニコイチだ。

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2004.06.15

暑さはモバイルの天敵【モバイル談義】

暑い。今日、東京では最高気温が30度に達した。暑さはモバイルの敵でもある。

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2004.06.07

モバイルにちょうどいい「機能粒度」とは【モバイル談義】

ちかごろのPDAやケータイなどの多機能化はすさまじい。デジカメ内蔵で写真が撮れたり、音楽や動画が再生できたり、あるいはラジオが聞けたりテレビが見られたりする。あるいはノートパソコンであれば光学ドライブや無線LANといった、なくてもパソコンとしてはさしつかえのない機能がどんどん内蔵されている。こういった機能はどこまで必要、あるいは不必要なのだろうか。

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2004.05.28

バッテリ内蔵型ドライブの盲点【モバイル談義】

VAIO typeUの購入手続きを終えたころ、HDDフォトストレージHDPS-M1や、ハードディスクマルチプレーヤーHMP-A1の発表があった。コンセプトとしては好きなタイプの製品なのだが、この手のデバイスには落とし穴がある。

これらはそれぞれ単体で運用できるようにバッテリを内蔵しているほか、PCにつないで外付けハードディスクドライブとして使うこともできるというふれこみだ。20GBという容量はOSやアプリケーションが不要な単機能デバイスにとっては十分で、あまった領域をパソコン用に使えるというのは魅力的に思える。

ところがこうしたデバイスは、「バッテリーが切れるとドライブとして動作しなくなる」ものがほとんどだ。したがって、短時間の利用をのぞけばACアダプタが必須になってしまう。これがポータブル向けデバイスの設計として適切かどうか、おおいに疑問だ。

ノートパソコンの場合、バッテリーやACアダプタが複数のデバイスに分散して必要な構成は持ちはこびに適しているとはいえない。バッテリが均等に消費されず稼働できる時間がもっとも電池のもたないデバイスに足を引っ張られるし、予備の電池やACアダプタが必要な場合に荷物が増えてしまう。

USBというインタフェースが便利な理由のひとつに、バスパワーを利用して外部電源なしでデバイスを動かせるという点が挙げられる。ポータブルHDDについていえばバスパワーで動くものがあるのだから、バッテリ依存型というべきポータブルHDDをわざわざ選ぶ理由はほとんどない。

とはいえ、これらはあくまで「パソコン用ポータブルHDD機能」というオマケ機能の問題であるから、メモリカードのデータをHDDへ吸い上げたり携帯動画プレイヤーとしての性能といった、単体製品としての魅力に影響があるわけではない。

ただ、同じクラスの他社製品にくらべてけっこう値段が張るだけに、無意識のうちにオマケ機能に期待してしまう心理がはたらきやすい。うっかり気を抜くといつの間にか購入手続をすませてしまうかもしれない。気をつけたいものだ。

※追記・補足※
ハードディスクマルチプレーヤーHMP-A1については、HDD機能はバスパワーのみで駆動可能・本体側がHOLD状態であれば充電可能である旨仕様に明記されていましたので、追記・補足いたします。

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2004.05.11

PDAは最高の暇つぶしグッズ【モバイル談義】

なにかの拍子にちょっと手が空いたら、何をするだろうか。

その時間を仕事のために使うなら名刺を整理したり手帳をチェックするし、ヒマつぶしをしたければ、音楽を聴いたり本を読んだりゲームをしたりする。なにをするにせよ、あらかじめ準備をしなければならないことにかわりはない。
ところがもし、ヒマになってから何をするかを決められるモノがあるとしたら、何も考えずにそれだけ持ち歩けばよいし、それ以外の余計なものを持たずにすむ。わたしにとってはそれがPDAだ。

持っていてもたいしてジャマにならず、まわりに気兼ねなく使えて、すぐに使い始められて、いつでも中断できる。こうした条件にあてはまらないと空き時間には使えない。文庫本やウォークマン、ゲームボーイ、ケータイなどは条件を満たしているが、PDAほどあれこれできるわけではない。
(最新ケータイは高機能でカメラなどPDAにない機能も備えるが、通話・ショートメッセージという重要な機能があるために事情がちがう)

だから、PDAを取り出すタイミングはちょっとしたすきまの時間になる。日々暮らしていると、電車での移動中や通院したときの待ち時間など、そこにいる必要はあるのだけれど、ほかのことには使えない時間がときどきある。
すきま時間というのは、いいかえればヒマな時間でもある。いや、本当は忙しいのかもしれないが、なんらかの待ちがあって手持ちぶさたになっているだけかもしれない。そしてそれを仕事に活かせば「すきま時間の活用」、遊びに使えば「ヒマつぶし」と呼ばれるだけの話だ。

そんなわけで、わたしにとってのPDAとは、空き時間を有意義に使うための最高のヒマつぶしグッズだ。

ただ、PDAの環境設定を行うための「ヒマつぶし」は、できるものなら避けたいものではある。PDAを買った出来合いの状態のままでもっといろいろな用途に使えるようになれば、いわゆるフツーの人にも受けが良くなるし、胸を張ってオススメできるのだが。

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2004.04.22

USB2.0等が変えたノートPCのポジション【モバイル談義】

各種の統計を眺めるかぎりにおいて、いまやノートパソコンの方がデスクトップパソコンより売れる傾向は定着したようだ。

以前、「トランスポータブルはモバイルか」というエントリーをしたことがあったが、そのなかで全部入りのノートパソコンは、パソコンのもつ汎用性をほとんど切り捨てずにもちはこべるものだ、と書いた。

ただひとつうしなわれたのは拡張性だ、ということもあわせてのべたのだが、状況は変わった。USB 2.0やIEEE1394などの高速なインタフェースがノートパソコンでもふつうに使えるようになったからだ。

USB 2.0接続の外付けハードディスクを使ったことがあるだろうか。これらは、ノートパソコンが内蔵するものとあまりかわらないぐらいの速度で読み書きできる。そのぐらいインタフェースが高速なので、これまでは外付けで拡張することがむずかしかったサウンドデバイスやビデオキャプチャといったものも、ほとんど問題なく使えるようになっている。

デスクトップパソコン用の機能拡張も、PCIやAGPといった拡張カードを使うことは少なくなってきた。小型化や低価格化の要求がきびしいので、ケースの容量が限られていたり、機能統合のチップを使うことが増えてきたためだ。

どちらも同じ手段で拡張しているとなると、拡張性という点においてもノートとデスクトップの差はかなり縮まっていることになる。コンパクトさや持ち運べるといった利点も考え合わせると、ノートパソコンこそ個人向けのコンピューター(=パソコン)と呼ぶにふさわしいカタチだ。


持ち運べるノートパソコンがあたりまえになってくると、おのずとコンピューティングに対する要求も変わってくる。それを先取りしていこうとしているのが、いまわたしがやっている事なのだと思う。

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2004.04.06

乾電池はモバイル向きか【モバイル談義】

モバイルデバイスを単体で使うとき、かならずお世話になるのが電池だ。そのなかでも外出先での入手性が高い乾電池は、昔からモバイラー御用達として広く使われてきた。

しかしいまではリチウムイオン方式などの充電池が主流となり、乾電池駆動のモバイルデバイスは数を減らす一方だ。HP200LXやモバイルギアなど、乾電池全盛時代のPDAを使いこんだユーザーからはこうした現状を嘆く声も聞く。

しかしこの乾電池、モバイルデバイス用の電源として本当にふさわしいのだろうか。


乾電池をはじめとする使い切りの一次電池が充電できる二次電池よりも便利だ、というのは、「電池切れたらただの箱」という、デジタルデバイスならではの問題点にもとづいた理論だ。

いつでもどこでも使いたい、使えないとこまる。電池が切れたときに替えの電池が用意できなかったり、そもそも交換できなかったりすると大変だ。それならば、いくらか非効率であっても、いざというときにそこいらでカンタンに手にはいる乾電池のほうがいい。


しかし、状況の変化によってこれらの前提はほとんど崩壊している。乾電池は汎用性が最大の武器であるが、それが仇となって現状のモバイルデバイスにはそぐわなくなっている。

  • 電池の性能向上が、デバイスの高電圧化・消費電力の上昇に追いつけない

  • 形状が規格化されているため、デバイスの小型化により筐体におさまらない

  • また、充電池側の改良も大きく進んでいる。

  • 高電圧・高容量化により、ふつうの使用頻度なら1日~数日は持つようになった

  • 方式改良がすすみ、メンテナンスがほとんど不要となった

  • ACアダプタが小さくなり、USBケーブルで充電できるなど、充電環境が向上した/li>
  • デバイスごとの専用設計のものがほとんどのため、小型で軽量になった

  • パック方式の採用が増え、交換可能のものが多くなった

  • 要するに、ほとんどの場面で電池切れせず、充電や電池交換の便もよくなり、なによりも電池を買い込んでは交換するという手間がかからないという、明らかな利便性の向上がみられるのが今の充電池だ。つねに電池切れにおびえ、予備の電池が手放せなかったころとは時代が変わったわけだ。

    今現在、乾電池駆動の必要性があるのは非常用であるとか未開地の旅行用といった、きわめてせまい用途だけだろう。


    もっとも、あるていど電池が持つのであれば、乾電池でもほとんどメンテナンスがいらないといってもいい。そうなると充電池より初期コストが低いぶん、乾電池が有利だと考えることもできる。

    じっさい、電子辞書のようなタイプのキカイは電源が乾電池でもまったくこまらない。こないだ買ったΣBookもそうだ。機能拡張がおちついて省電力化がすすむと、いつかまた乾電池の時代がやってくるかもしれない。

    とはいえ、予備や使用済みの電池を10本以上もジャラジャラさせつつモバイルする、懐かしくも不便な状態にはけっして戻ることはないだろうが。

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    2004.02.03

    ホントにモバイルするの?【モバイル談義】

    使うかもしれない。しかし、使わないかもしれない。それがわからない時にモバイルデバイスを持ちあるくのは、保険をかけることと似ている。
    であれば、保険金と掛け金とをくらべることで、その保険にはいる価値があるかどうかわかるはずだ。

    保険金がデバイスを持っていたことによって得したこと、もしくは持っていなかったときに損したことだとすれば、掛け金は、ある程度の大きさ重さのあるデバイスを持ちはこぶこと、そしてそれを使えるようにメインテナンスする手間ひまになる。
    モバイルデバイスがノートパソコンだとしたら、この掛け金はけっこうなものだ。軽いものでも1kg、サイズ的にはB5の本より大きいものがほとんどになる。

    もちろんなんらかのことに使うなら、それは重くてジャマな思いをするだけの価値があることなわけだから、保険をかけるまでもなく「割にあう」ものごとのはずだ。コンピュータというキカイは、うまく使えば価値を生みだすことができるし、それはうたがいようがない。
    しかし何の目的もなくモバイルしたとして、なにかいいことがあるだろうか。あるいはなにか損をしなくてすむだろうか。コンピュータは単なる道具である以上、なにかをするために使わないかぎり、それ自体が価値を生むわけではない。

    したがって、なにか特定の目的があったり、仕事や株取引といった金銭がらみのことがらにそなえるのでなければ、つねにモバイルデバイスを持ってあるくなど、とうてい割にあわない。それがいまのわたしの結論だ。
    失うものがなにもないなら、わずかのメリットに満足できるかもしれない。しかしそれによって疲れたり、荷物が持てなくなったり、服装のバランスを乱したり、オタクっぽく見られたり、落としたり忘れたり盗まれないように注意をはらったりといった、さまざまなデメリットを無視できるほどのものがあるとはいえない。

    とはいえ、例外もある。いまどきのPDAは、使わなくてもまあ許せるぐらいのサイズや重さになってきている。これは、いわば掛け捨ての保険だ。
    ほかになにもすることがない手持ちぶさたのとき、調整されたPDAが手元にあれば、その空いた時間を活かすことができる。そうした時間がなければ、持ちはこぶ手間や調整などはムダになってしまうが、それは大した損害ではない。

    ノートパソコンを持ちはこぶことが「掛け捨ての保険」になる日はくるのだろうか。わたしには、どうにも否定的な意見しか思い浮かばないのだが。

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